
医療機関へ行くと必ず尋ねられる「おくすり手帳」ですが、その役割についてしっかり理解されている方は意外と少ないかもしれません。
いつも家に置いている方、つい携帯するのを忘れてしまう方、薬は飲んでいても手帳を使っていない方など、当院の薬局窓口でもよくお見掛けします。今回は、おくすり手帳の役割について解説しますので皆さんの理解を深めていただければと思います。
おくすり手帳は1993年(平成5年)のとある薬害事件をきっかけに誕生しました。
当時はまだ手帳がなく、内服しているお薬については患者さんの申告によって情報を得ていた頃になります。その年、ヘルペスウイルス治療薬であるソリブジン(商品名:ユースビル®)という薬が発売されました。従来薬よりも優れた効果が期待されたことでよく使用されたのですが、一部の抗がん剤との併用で重篤な副作用が発生し複数の死亡者を出したのです。原因はソリブジンを処方した病院と抗がん剤を処方した病院が別であったことで、双方の処方薬を把握できなかったことでした。この事件が教訓となりおくすり手帳が使用されるようになったのですが、なかなかすぐには認知されませんでした。
その後、1995年に発生した阪神淡路大震災後、おくすり手帳の需要が急激に高まります。被災した人々の中には、内服中だったお薬について被災後にわからなくなってしまい、必要な薬がもらえないという方が多くおられました。しかし、当時からおくすり手帳を使用していた一部の方は、手帳をもとに特例的に処方を受け取ることができました。これらの出来事をきっかけに全国におくすり手帳の利用が広がり、厚生労働省からも手帳の使用を推進されることとなったのです。
おくすり手帳には、「いつ、どの医療機関から、どのような薬を、どのような飲み方で、何日分処方されているか、どこの薬局で調剤したか」など、お薬に関する情報が詳しく記載されています。受診した病院が一つ、薬局も一つであればお薬の管理は比較的しやすいのですが実際はどうでしょうか。内科、整形外科、眼科、耳鼻科など、かかりつけのクリニックでも複数通っている方は少なくないのではないでしょうか。また、調剤薬局はどうでしょう。それぞれのクリニックに一番近い薬局を利用されていませんか?
医療機関には「薬歴」という患者さんひとりひとりのお薬の処方履歴が保存されています。しかし、別の医療機関の記録をお互いに確認することはこれまで不可能でした。最近になりマイナンバーカードの普及によって情報共有が可能になりつつありますが、個々の医療機関によってシステム整備の進捗が異なるため十分とは言えません。そこで、今でも活躍しているのがおくすり手帳なのです。
おくすり手帳は患者さんが内服しているすべての薬を記録するための手帳です。
診察時に手帳があれば、医師は手帳の情報をもとに飲み合わせや重複などを確認し、患者さんにとってより適切で安全な処方を行うことができます。また薬局でも薬剤師が手帳を確認することで、ポリファーマシー(複数のお薬を服用しているために副作用が現れたり、患者さんが正しくお薬を使用できなくなることで引き起こされる有害事象のこと)への対策につながります。
また、災害時にもおくすり手帳は有効です。災害が発生し電気の供給が停止してしまった場合、デジタル化が進んでいる医療機関は復旧するまでカルテや薬歴を閲覧できなくなってしまいます。おくすり手帳があれば、システムダウン時でも必要なお薬に関して医療従事者に伝えることができます。また、不慮の事故で患者さん自身がコミュニケーションを取れない状況にあっても、手帳があればお薬の情報を確認することができます。
先ほども記述しましたが、おくすり手帳は「患者さんが内服しているすべての薬を記録するための手帳」です。うまく活用するためのポイントを下記にまとめます。
おくすり手帳を持ち歩くことを「面倒だな」と感じる方もおられますが、ご自身の身を守るためと考え、いま一度手帳の活用を検討いただければと思います。特に、当院を定期的に受診される患者さんには、抗血小板剤(血をサラサラにする薬)や抗凝固剤(血を固まりにくくし血栓を予防する薬)などの脳血管障害に対するお薬を処方されている方がたくさんおられます。他院を受診される際には医師へ必ずお伝えいただきたい薬ですので、普段から手帳を活用していただくことをお勧めします。
当院の薬局窓口でもおくすり手帳を作成できますので、まだお持ちでない方はぜひお声がけください。